オールナイトニッポン、放送期間最長ランキング(芸人さんのみ)

どうもstsです。

本日のテーマは「ラジオ」です。

今回はその中でも「オールナイトニッポン」について取り上げます。オールナイトニッポンは1967年からニッポン放送をキーステーションに放送され続けている大人気ラジオ番組。

日付が変わり、皆が寝静まる深夜の遅い時間にパーソナリティの人と同じ時間を過ごし聞くラジオが心地良いですよね。今や各曜日大人気で隙のない布陣ともいえるオールナイトニッポン。55年続く歴史ある中でのパーソナリティで最長記録はどうなっているのでしょうか。

歴代パーソナリティのランキングは調べれば出てきそうなので、今回は芸人さんのみに絞ったランキング。皆さんはどこまでご存知ですか?

それではさっそくどうぞ!

※放送中の番組の放送期間は2023年4月現在までのものです。

 

 

1位ナインティナイン 23年4ヶ月(現在24年目)

1994年4月~2014年9月

2020年5月~現在

歴代1位は今なお続くオールナイトニッポンの生けるレジェンド、ナイナイさん。岡村さんの休養、矢部さんの卒業、そして矢部さんの復帰・・・。語りつくせないほどあるナイナイの歴史がこの番組には詰まっています。

 

2位オードリー 13年半(現在14年目)

2009年10月~現在

今やナイナイさんに次ぐ歴代2位にまで登りつめているのはオードリーさん。こちらも現在放送中の番組で、「リトルトゥース」と呼ばれるリスナーとともに、カリスマ的に人気がある番組。全曜日で今なお最も人気な番組です。

 

3位笑福亭鶴光 12年

1974年4月~1985年10月

2006年10月~2007年3月

3位は「ミスターオールナイトニッポン笑福亭鶴光師匠。ナイナイさんに抜かれるまでは芸人1位の記録保持者でした。お色気、下ネタといった独自の路線で人気を博し、11年間(後に1年間放送)に及ぶパーソナリティを務めました。

 

4位ビートたけし 10年

1981年1月~1990年12月

4位は「世界のたけし」ことビートたけしさん。自身の人気絶頂期に放送されていたこともあり、当時は大人気。映画監督を務めていた時期にも重なっており、たけしさんを語る上でも重要な番組でした。

 

5位三四郎 8年(現在9年目)

2015年3月~現在

5位は現在も放送中の三四郎さん。0から無印に昇格するも、再び0に戻り今なお放送中という異色のパーソナリティ。しかし放送期間は現在歴代5位まで上り詰めてきており、0の新パーソナリティの記者会見の司会は恒例でバチボコ人気なのが伺えます。

 

6位タモリ 7年

1976年10月~1983年9月

6位はたけしさんとともに「お笑いビッグ3」と呼ばれるタモリさん。「笑っていいとも」がスタートするよりも前に担当していた番組です。タモさんらしい誰にも真似できない独特の芸風なラジオは人気を博しました。

 

6位とんねるず 7年

1985年10月~1992年10月

同率6位は、「お笑い第三世代」の代表格とんねるずさん。歴代1位のナイナイさんなども聞いていました。「ハガキ職人」という言葉生まれるキッカケになった番組といわれるほど大きな影響力を与えた番組でした。

 

8位ロンドンブーツ1号2号 6年半

1996年10月~2003年3月

2部→1部→superと時間帯を変えながら6年半続いた番組。当時の人気と相まって長く続いた番組でした。自身の自宅の電話番号を誤って生放送中に読み上げてしまい、いたずら電話が大量にかかってきた伝説のエピソードは有名です。

 

9位ウッチャンナンチャン 6年

1989年4月~1995年4月

今はコンビとして活動することが珍しくなったウンナンさんが第9位。先月放送された55周年で久々の復活。ウンナンさん2人でのトークに感激したリスナーも多かったのではないでしょうか。

 

10位松村邦洋 5年9ヶ月

1993年4月~1999年3月

同率9位は、たけしさんや阪神タイガースのスター選手のモノマネでお馴染み、松村邦洋さん。一時放送休止期間はあったものの約6年番組を続けました。今も「DJ日本歴」など人気のラジオ番組に出演しています。

 

以上のようになっています。

そうそうたるレジェンドパーソナリティーばかりです。

歴代トップ10の中に今なお放送中のパーソナリティーが3組(ナイナイさん、オードリーさん、三四郎さん)が入っているというのが凄いですね。それだけ人気な番組が現在放送中の時代に居れていることに感謝ですね。

さて4月から新たにAdoさん、あのさんが加わり新体制となったオールナイトニッポン、これからも楽しみにしています!

ではまた!

ABEMAトーナメント2023(第6回ABEMAトーナメント)の各チームメンバー

どうもstsです。

本日のテーマは「将棋」です。

先日動画配信サイト「ABEMA」にて、「ABEMAトーナメント2023」のドラフト会議の模様が放送され、またエントリートーナメントの模様も放送されました。

持ち時間5分切れ負けで、1手指すごとに5秒増えるという特殊ルールで、将棋界唯一のチーム戦が行われる棋戦です。またチーム戦ということで、ドラフト会議においては、誰がどの棋士を指名するのか今年も注目が集まりました。

ということで、今年も各チームメンバーをまとめてみました。

さっそくどうぞ!

※「★」は過去の優勝回数、「☆」は師弟トーナメントの優勝を表しています。

 

①チーム藤井★

藤井聡太竜王【チームリーダー】★★★★

・澤田真吾七段【1巡目選択棋士

・齊藤裕也四段【2巡目選択棋士

前回大会は、個人戦時代も含め5連覇を目指した大会でしたが、結果はまさかの予選敗退。絶対王者の復活を懸けます。

1巡目ではABEMAトーナメント初参戦となる澤田七段、2巡目では自身の兄弟子でありこちらも初参戦の齊藤四段を指名しました。東海棋士3名でのチーム結成です。

チームカラーはエメラルドグリーン。

 

②チーム渡辺

渡辺明名七段【チームリーダー】

佐々木勇気八段【1巡目選択棋士

・岡部怜央四段【2巡目選択棋士

毎回、弟弟子の近藤七段とともに、控え室でのヤジが人気を博すチーム渡辺。前回はベスト4で惜しくも敗退となりました。

1巡目でサッカー仲間でもある佐々木七段、2巡目ではランニング仲間でもある岡部四段を指名しました。ハード系のチーム動画になる予感です。

チームカラーは水色。

 

③チーム永瀬★【川崎家】

永瀬拓矢王座【チームリーダー】★

・増田康宏七段【1巡目選択棋士】★

・本田奎五段【2巡目選択棋士

前回は増田六段と齋藤五段の若手棋士2人とチームを組み、安定した強さを誇るもベスト4敗退。過去全ての大会でベスト4以上と強さを誇ります。

1巡目は3人でのクジを制し4大会連続指名となった増田七段、2巡目は自身の研究パートナーの本田五段を指名しました。信頼のおける二人と3大会ぶりの優勝を目指します。

チーム名は「川崎家」。3年連続となり、今やお馴染みとなった永瀬王座のご実家のラーメン屋さんのお名前が由来です。チームカラーは黄色。

 

④チーム羽生

羽生善治九段【チームリーダー】

・伊藤匠五段【1巡目選択棋士】★

・梶浦宏孝七段【2巡目選択棋士

前回は前々回と同じメンバーで挑み、佐藤紳哉先生のカツラ芸がついに飛び出すなど話題を呼ぶも予選敗退。復活を懸けます。

1巡目では毎年高勝率で活躍する伊藤五段、同じく安定した成績を誇る梶浦七段を指名。後輩若手棋士2人とのチーム結成となりました。

チームカラーは金色。

 

⑤チーム康光

佐藤康光九段【チームリーダー】

・高見泰地七段【1巡目選択棋士】★

・大橋貴洸七段【2巡目選択棋士

前回は、同世代である郷田先生、先崎先生と共にチーム枝豆として参戦。しかし結果は無念の予選敗退となった。

1巡目では前々回チーム藤井での優勝メンバーの高見七段、2巡目ではクジ競合の末、毎年高勝率を残して活躍する大橋七段。今大会は後輩棋士2名を指名しました。

チームカラーは紫色。

 

⑥チーム天彦

佐藤天彦九段【チームリーダー】

・三枚堂達也七段【1巡目選択棋士

戸辺誠七段【2巡目選択棋士

前回は後輩棋士若手とチームを組み予選を1位通過するも、決勝トーナメントは初戦敗退。しかし自身は7戦全勝と強さを見せつけました。

1巡目ではABEMAトーナメントで安定して活躍する三枚堂七段、奨励会時代からの盟友の戸辺七段を指名。今大会はプライベートも関わりのある2名を指名しました。

チームカラーは赤色。

 

⑦チーム豊島【百折不撓】

豊島将之九段【チームリーダー】

木村一基九段【1巡目選択棋士】☆

・池永天志五段【2巡目選択棋士

前回はこれまでとは一転して先輩棋士2名を指名してチームを結成。激動の戦いを通じ悲願の予選突破を果たしました。

1巡目では師弟トーナメント、現チャンピオンの木村九段、2巡目ではクジ競合の末獲得した池永五段を獲得しました。かつの「エンジェル」の2名の獲得となります。

チーム名は「百折不撓」。何度くじけても立ち上がることを意味する四字熟語で、木村一基先生がよく揮毫することで有名です。チームカラーは紺色。

 

⑧チーム山崎

山崎隆之八段【チームリーダー】

中村太地八段【1巡目選択棋士

佐々木大地七段【2巡目選択棋士

前回は初のチームリーダーとして参戦。ドラフト会議では同世代である松尾先生、阿久津先生とともに厄払いを懸けて挑むも、払いきれず予選敗退となった。

1巡目では『将棋フォーカス』でかつて共にMCを務めた中村八段、ABEMAトーナメント皆勤賞の佐々木七段を指名しました。「たいち」2名とのチーム結成です。

チームカラーはオレンジ。

 

⑨チーム広瀬

広瀬章人八段【チームリーダー】

・近藤誠也七段【1巡目選択棋士

石井健太郎六段【2巡目選択棋士

麻雀好き→早稲田出身→麻雀好き、と毎回何かしらの共通項を持って挑むチーム広瀬。毎回予選突破を果たしているだけに今年こそ上位に残れるか。

1巡目はクジ競合で敗れるも、チーム渡辺で参謀役だった近藤七段、さらには近藤七段とは同門にあたる石井六段を指名しました。新たなチームで活躍を目指します。

チームカラーは青色。

 

⑩チーム糸谷

糸谷哲郎八段【チームリーダー】

森内俊之九段【1巡目選択棋士

・徳田拳士四段【2巡目選択棋士

毎回対局前のチーム動画の方が話題に上るチーム糸谷。前回は勝負師3人で挑みベスト8敗退となった。

1巡目では、2度クジで敗れる苦渋を舐めるも森内九段、プロ入り1年目で高勝率を残した徳田四段を指名しました。今大会のチーム動画はどうなるのでしょうか。

チームカラーは青色。

 

⑪チーム稲葉★

稲葉陽八段【チームリーダー】★

・服部慎一郎五段【1巡目選択棋士】★

・出口若武六段【2巡目選択棋士】★

前回大会優勝チーム。前回大会は若手実力派2人を指名して圧倒的な力を持って優勝。「ニンニン!」のフレーズと忍者コスプレで注目を集めた。

1巡目、2巡目と前回と同じく服部五段と出口六段を指名。両方ともクジ競合となるも当たりを獲得。運命的てもいえる前回と同じメンバーで連覇を狙います。

チームカラーは黄緑色。

 

⑫チーム菅井

菅井竜也八段【チームリーダー】

船江恒平六段【1巡目選択棋士

・西川和宏六段【2巡目選択棋士

前回は自身の宣言通り振り飛車で固めたチームを結成。理想の振り飛車チームは組めたものの結果は予選敗退。今年は再起を懸けます。

1巡目では同門で公認会計士としても活躍する船江六段、2巡目では同じく関西の西川六段を指名しました。関西で繋がりのある2名指名となりました。

チームカラーは黒色。

 

⑬チーム斎藤

斎藤慎太郎八段【チームリーダー】☆

・黒田尭之五段【1巡目選択棋士

・冨田誠也四段【2巡目選択棋士

前回大会準優勝チーム。前回大会は前々回大会で準優勝した2人を指名。「シン エンジェル」として天使のコスプレは人気を博した。

1巡目はクジ競合の末敗れるも弟弟子の黒田五段、2巡目では昨年エントリートーナメントを勝ち上がった冨田四段を指名。昨年の「下克上」2名を獲得しました。

チームカラーはピンク。

 

⑭チーム千田

千田翔太七段【チームリーダー】

・西田拓也五段【1巡目選択棋士

・藤本渚四段【2巡目選択棋士

今回チームリーダーとしてABEMAトーナメント初参戦となる千田翔太七段が率いるチーム。ドラフト会議で誰を選ぶか注目が集まりました。

1巡目では2度クジで敗れる辛酸を舐めるも自身の弟弟子西田五段、2巡目では再びクジで敗れるも藤本四段を獲得。居飛車振り飛車の混合チームとなりました。

チームカラーは緑色。

 

⑮エントリーチーム【ストロングスタイル2023】

郷田真隆九段【関東Aブロック代表】

行方尚史九段【関東Bブロック代表】

・古賀悠聖五段【関西ブロック代表】

今大会も15チーム目として、ドラフトで選ばれなかった棋士達によるエントリートーナメントを開催。

関東ブロックは郷田九段と行方九段、関西ブロックは古賀五段とかつてドラフトで指名された棋士が集結となりました。ベテランと若手が融合したチームです。

チーム名は「ストロングスタイル2023」。プロレスで感情を表現して戦うスタイルのことです。プロレス好きの郷田九段が関係していそうです。チームカラーはグレー。

 

以上のようになっています。

また予選リーグの振り分けも発表されました。

Aリーグ

・チーム永瀬★

・チーム豊島

・チーム稲葉★

Bリーグ

・チーム羽生

・チーム山崎

・チーム斎藤

【Cリーグ】

・チーム天彦

・チーム広瀬

・チーム菅井

【Dリーグ】

・チーム康光

・チーム糸谷

・エントリーチーム

【Eリーグ】

・チーム藤井★

・チーム渡辺

・チーム千田

そしてさらに今年は個人賞を創設

・最多賞

・最高勝率賞

・最多対局賞

・予選最高成績賞

・敢闘賞

こちらの5部門が表彰されます。

チームとしての戦いだけでなく、個人賞の争いにも目が離せません。

そして何より最終的に優勝するチームはどこになるのでしょうか。

これからのABEMAトーナメントが楽しみです!

ではまた!

将棋界、六冠・七冠達成者

どうもstsです。

本日のテーマも「将棋」です。

本日、第48期棋王コナミグループ杯第4局が行われ、藤井聡太竜王の勝利、3勝1敗でタイトル奪取となりました。

藤井竜王はこれで六冠に到達。渡辺名人は名人の一冠となりました。藤井竜王は春からの名人戦の挑戦者にもなっており、両先生の戦いは続きます。次の名人戦は渡辺名人は名人4連覇、藤井竜王は七冠達成を懸けての戦いです。

ということで今回は将棋界の六冠・七冠達成者をまとめてみました。

さっそくどうぞ!

 

まとめてみた、とは書きましたが将棋界での六冠以上の達成者は一人しかいません。

もう想像がつくと思いますが

その方は・・・

羽生善治九段です。羽生先生は周知の通り六冠達成後は七冠も達成。当時は現在と違いタイトルは7つしかなかったため、一人でタイトルを総なめとなり、この時は自身の結婚も相まって、「羽生フィーバー」と呼ばれました。

藤井聡太竜王はこの時の羽生先生以来、史上2人目の六冠達成者となりました。

 

そこで今回はさらに羽生先生の七冠達成までのヴィクトリーロードを振り返ってみましょう。

※赤字は奪取、黒字は防衛、青字は敗退を示しています。

【1989年度】

竜王戦 島朗竜王 奪取 竜王

【1990年度】

竜王戦 谷川浩司二冠 防衛失敗 前竜王

棋王戦 南芳一棋王 奪取 棋王

【1991年度】

棋王戦 南芳一王将 防衛 棋王

【1992年度】

王座戦 福崎文吾王座 奪取 二冠

竜王戦 谷川浩司竜王 奪取 三冠

棋王戦 谷川浩司二冠 防衛 三冠

【1993年度】

棋聖戦 谷川浩司棋聖 奪取 四冠

王位戦 郷田真隆王位 奪取 五冠

王座戦 谷川浩司王将 防衛 五冠

竜王戦 佐藤康光七段 防衛失敗 四冠

棋聖戦 谷川浩司王将 防衛 四冠

棋王戦 南芳一九段 防衛 四冠

【1994年度】

名人戦 米長邦雄名人 奪取 五冠

棋聖戦 谷川浩司王将 防衛 五冠

王位戦 郷田真隆五段 防衛 五冠

王座戦 谷川浩司王将 防衛 五冠

竜王戦 佐藤康光竜王 奪取 六冠

棋聖戦 島朗八段 防衛 六冠

王将戦 谷川浩司王将 奪取失敗 六冠

棋王戦 森下卓八段 防衛 六冠

【1995年度】

名人戦 森下卓八段 防衛 六冠

棋聖戦 三浦弘之五段 防衛 六冠

王位戦 郷田真隆五段 防衛 六冠

王座戦 森けい二九段 防衛 六冠

竜王戦 佐藤康光竜王 防衛 六冠

王将戦 谷川浩司王将 奪取 七冠

棋王戦 高橋道雄九段 防衛 七冠

 

以上のようになっています。

羽生先生は、1993年からの七冠へタイトルを増やしている間は常に勝っていたイメージがあるかもしれませんが、一度竜王戦で失冠して四冠に後退しています。藤井先生は今のところ登場したタイトル戦は全て勝っています。つまり防衛戦は全て防衛、挑戦すれば全て奪取しているということです。羽生先生の七冠までの道のりも恐ろしいぐらい勝っていますが、無敗というのがまたさらに恐ろしいところです。

また1994年度を見てもわかるように、一度全冠制覇に挑戦して敗れると、また一年間全てのタイトルを防衛しなければすぐにチャンスは巡ってきません。しかも防衛しつつ挑戦権も得なければいけないため、スケジュール的にも体力的にも大変です。また現在は八大タイトルとなっているため、防衛する数も増えるためより険しい道となってしまいます。藤井先生はこのまま敗れることなく、八冠へと向かってゆくのでしょうか。

当時の羽生先生も六冠まで到達して、七冠目で敗れた時は、七冠は夢に終わったと思った方も多かったと思います。しかし翌年度、全てのタイトルを防衛して、さらに王将戦の再度の挑戦権も獲得して、七冠達成。不可能に思えた困難を成し遂げることとなり、将棋界の歴史に残る偉業となりました。

羽生先生自身も七冠目で敗れた際は、「もう2、3年チャンスは巡ってこないだろうと思った」と述べています。しかし当時お付き合いしていた現・奥様の理恵様には「全部防衛するから来年お祝いして」と語っていたらしいです。カッコイイですね。

 

さあ今回、史上2人目かつ史上最年少で六冠王となった藤井聡太竜王。春からの名人戦で奪取して七冠となるのか、渡辺名人が防衛して二十世名人まであと1期とするのか、非常に楽しみです!

ではまた!

将棋界歴代王将

どうもstsです。

本日のテーマも「将棋」です。

本日、藤井聡太王将と羽生善治九段による王将戦第6局が行われ、藤井聡太王将が防衛を決め、王将2連覇、そして五冠保持を果たしました。「平成の天才VS令和の天才による世紀の一戦」と呼ばれた戦いは、どれも内容の濃い戦いでしたね。

今回の王将は歴史的一戦ということで、非常に注目集めたシリーズでもありました。ということで今回は歴代の王将をまとめてみました。

それではさっそくどうぞ!

 

升田幸三実力制第四代名人(3期獲得)

前年は一般棋戦だった王将戦が、1951年度よりタイトル戦に昇格。その記念すべき第1期挑戦権を獲得したのは、「新手一生」を掲げファンを魅了し続けてた升田幸三先生でした。当時の名人木村義雄先生にと対決するといきなり指し込みを果たし、見事第1期王将の座に就きました。その後第5期王将戦で大山王将(名人)に対して再び指し込み、香落ちの対局すら勝利。「名人に香を引いて勝つ」と自身が幼少の頃に掲げた目標も果たし、三冠を達成するなど当時、将棋界で最強の座に就いていた人物でした。

第1期:升田幸三(初)

 

 

大山康晴永世王将【十五世名人・永世十段永世王位・永世棋聖】(20期獲得)

初代永世王将王将戦の歴史を語る上で欠かせない存在です。第2期の王将で初の王将を獲得すると、通算でなんと20期(!)獲得。大山先生が最も多く獲得したタイトルでもありました。王将戦では最大9連覇、56歳の時には王将を奪取し、3連覇を達成するなど、年齢を重ねても獲得し続けたタイトルでした。また大山先生は長らくタイトルを保持していましたが無冠になった際、その実績から他の棋士と同じ同列の九段では呼べないということで、特例で永世王将を現役のまま就位した棋士でもありました。

第2期:大山康晴(初)

第3期:大山康晴(2期目)

第4期:大山康晴(3期目)

第5期:升田幸三(2期目)

第6期:升田幸三(3期目)

第7期:大山康晴(4期目)

第8期:大山康晴(5期目)

第9期:大山康晴(6期目)

第10期:大山康晴(7期目)

第11期:大山康晴(8期目)

 

 

二上達也九段(1期獲得)

当時王将を5連覇、全冠独占を約4年間続けていた大山先生を破ったのは「北海の美剣士」二上達也八段でした。二上先生は、若手時代から打倒大山先生への期待の若手として注目されており、大山先生の王将5連覇中の時に挑戦者といて挑戦していましたが、2度敗退していました。しかし第12期、自身3度目の挑戦権を得ると4勝2敗でタイトル奪取。自身6度目のタイトル戦挑戦で、ついに大山先生の牙城を崩した瞬間であり、大山先生の全冠制覇を崩した瞬間でした。

第12期:二上達也(初)

第13期:大山康晴(9期目)

第14期:大山康晴(10期目)※永世王将の資格獲得

第15期:大山康晴(11期目)

第16期:大山康晴(12期目)

第17期:大山康晴(13期目)

第18期:大山康晴(14期目)

第19期:大山康晴(15期目)

第20期:大山康晴(16期目)

第21期:大山康晴(17期目)

 

 

中原誠十六世名人【永世十段永世王位名誉王座・永世棋聖】(7期獲得)

大山先生の王将戦9連覇を止めたのは「棋界の太陽」中原誠十六世名人でした。中原先生は当時続いていた大山時代からタイトルを次々と奪っていっていました。この王将戦でもストレートでタイトルを奪い、大山先生は無冠、中原先生はタイトル5つの内、4つを手中に収める形となりました。中原先生は以後王将を6連覇。通算でも7期獲得しました。この期間はタイトルの過半数を中原先生が占める時代が続いており、文字通り中原時代の様相でした。

第22期:中原誠(初)

第23期:中原誠(2期目)

第24期:中原誠(3期目)

第25期:中原誠(4期目)

第26期:中原誠(5期目)

第27期:中原誠(6期目)

 

 

加藤一二三九段(1期獲得)

大山先生の9連覇後の中原先生の王将戦6連覇を止めたのは、「神武の以来の天才」加藤一二三九段でした。加藤先生は16歳の時に王将リーグ入り(最年少記録)し、過去3度王将戦の挑戦者として登場していましたが、3回とも大山先生の壁に阻まれており、4度目の挑戦で悲願の奪取となりました。奪取を決めた対局では、中原先生の中飛車に対して袖飛車で攻め、5筋の歩を突き捨てて攻めるという珍しい攻め筋を披露しました。また加藤先生は当時棋王も保持しており、自身初の二冠となりました。

第28期:加藤一二三(初)

第29期:大山康晴(18期目)

第30期:大山康晴(19期目)

第31期:大山康晴(20期目)

 

 

米長邦雄永世棋聖(3期獲得)

57歳で王将で奪取し、以降59歳まで防衛を獲得した大山先生から王将を奪ったのは「泥沼流」や「さわやか流」の愛称で親しまれた米長邦雄先生でした。王将リーグを全勝で勝ち抜くと勢いそのままに王将を奪取。すでに保持していた棋王と合わせて二冠へと復帰しました。米長先生は王将を通算で3期獲得。後に復位した時は「横歩も取れないお男に負けてはご先祖様に申し訳ない」という発言で話題を呼び、様々な面でもファンから注目を浴びた存在でした。

第32期:米長邦雄(初)

第33期:米長邦雄(2期目)

第34期:中原誠(7期目)

 

 

中村修九段(2期獲得)

7人目は55年組の一角で、「不思議流」の棋風で知られる中村修九段です。中村先生は当時六段で、一次予選からの参加でしたが、王将リーグに進出。またこの時二次予選を突破したのも全員55年組でした。王将リーグでは5勝1敗で挑戦権を獲得。王将戦では当時名人も保持する中原先生に開幕3連勝。名人に指しこむかと話題になりました。結果は4勝2敗で奪取。翌年も中原名人を再び下し、2連覇を果たしました。また弟子の香川愛生女流三段は女流王将戦で第35期・第36期と獲得。師弟で同じ期で獲得しています。

第35期:中村修(初)

第36期:中村修(2期目)

 

 

南芳一九段(3期獲得)

中村先生の王将を2連覇を止めたのは同じく「55年組」の一角であり、「地蔵流」でお馴染み南芳一先生でした。南先生はリーグ戦では6戦全勝で挑戦権を獲得すると、王将戦の七番勝負ではフルセットの末王将を奪取。保持していた棋聖と合わせて二冠に到達しました。翌年も55年組の島先生の挑戦を退け、タイトル通算3期で九段に昇段しました。南先生は先述の通り、米長先生に一度王将の座を奪われるも翌年すぐさまリターンマッチ。そこでリベンジを果たし、王将の座を奪い返す形となりました。

第37期:南芳一(初)

第38期:南芳一(2期目)

第39期:米長邦雄(3期目)

第40期:南芳一(3期目)

 

 

谷川浩司十七世名人(4期獲得)

王将の座に復位した南先生から王将を奪ったのは、こちらも「55年組」の一人であり、「光速の寄せ」でファンを魅了し続ける谷川浩司先生でした。谷川先生は王将を奪うと以後3連覇。3連覇の翌年挑戦者として現れたは、七冠独占に挑む羽生先生でした。下馬評は羽生先生有利でしたが、タイトル戦中に谷川先生は阪神淡路大震災で被災。苦しい状況の中、フルセットの激闘を制し、夢の七冠独占を阻み、関西の星として様々な希望や勇気を与えました。

第41期:谷川浩司(初)

第42期:谷川浩司(2期目)

第43期:谷川浩司(3期目)

第44期:谷川浩司(4期目)

 

 

羽生善治九段【永世王将永世竜王・十九世名人・永世王位名誉王座永世棋王・永世棋聖資格者】(12期獲得)

10人目は、「将棋界のスーパースター」にして平成の絶対王者羽生善治九段です。昭和の王将戦が大山先生を中心に回っていたなら平成の王将戦は羽生先生を中心に回っていました。先述の通り夢の七冠独占を果たしたのはこの王将戦。七冠達成後も王将戦は6連覇。以後奪われることはあっても翌年すぐさま奪い返し、大山先生に次ぐ永世王将の資格者となっています。近年は王将戦の舞台からは遠ざかっていましたが今年、52歳ながら王将リーグを全勝で挑戦権を獲得。蘇ったレジェンドが檜舞台で戦いました。

第45期:羽生善治(初)

第46期:羽生善治(2期目)

第47期:羽生善治(3期目)

第48期:羽生善治(4期目)

第49期:羽生善治(5期目)

第50期:羽生善治(6期目)

 

 

佐藤康光九段【永世棋聖資格者】(2期獲得)

当時七冠独占を挟み、王将を6連覇していた羽生先生の連覇を止めたのは佐藤康光八段(当時)でした。佐藤先生は、谷川九段や中原永世十段、米長永世棋聖、郷田棋聖などがひしめく王将リーグで破竹の6連勝。勢いそのままに王将戦へ挑みます。佐藤先生は棋王戦でも挑戦者になっており、羽生先生とのダブルタイトル戦に突入。この時は、三間飛車からの三段ロケットなど序盤から創意工夫を示した指し回しを示し、「モデルチェンジ」と評されました。佐藤先生は王将を見事奪取。棋王戦では敗退となりました。

第51期:佐藤康光(初)

第52期:羽生善治(7期目)

 

 

森内俊之九段【十八世名人資格者】(1期獲得)

12人目の王将は「鋼鉄の受け」で知られる森内俊之竜王(当時)でした。森内先生は米長永世棋聖の引退の対局などがあった王将リーグをプレーオフ末、勝ち抜き王将戦挑戦権を獲得。王将戦七番勝負でも盤石の強さで羽生先生から4勝2敗で王将を奪取。森内先生は自身初の二冠を達成。一方の羽生先生を11年ぶりの二冠としました。森内先生は、この年度で竜王も奪っており、翌年度の春の名人戦でも羽生先生から奪取し、一気に三冠になりました。

第53期:森内俊之(初)

第54期:羽生善治(8期目)

第55期:羽生善治(9期目)

第56期:羽生善治(10期目)※永世王将の資格獲得

第57期:羽生善治(11期目)

第58期:羽生善治(12期目)

 

 

久保利明九段(4期獲得)

羽生先生の永世王将資格獲得後も続けていた王将の連覇を5で止めたのは「捌きのアーティスト」久保利明九段でした。過去久保先生は羽生先生にタイトル挑戦を5度挑むも全て敗退していました。しかしこの時の久保先生は、ゴキゲン中飛車と石田流を武器に王将戦の挑戦権を得ると王将を奪取。ついに羽生先生の壁を越えた瞬間でした。また奪取を決めた第6局は「3連続限定合い駒」と言われる名局でした。久保先生は王将のタイトルを失った後も後に復位しており、自身にとって相性の良い棋戦でもあります。

第59期:久保利明(初)

第60期:久保利明(2期目)

第61期:佐藤康光(2期目)

 

 

渡辺明名人【永世竜王永世棋王・実力制第十五代名人資格者】(5期獲得)

王将位に復位した佐藤先生から王将を奪ったのは、「将棋界の冬将軍」渡辺明先生でした。渡辺先生は第62期で佐藤先生から王将を奪うと、同年度の棋王戦でもタイトルを奪取。当時保持していた竜王と合わせて一気に三冠に到達しました。王将は後に奪われてもその後復位。通算で5期獲得しています。渡辺先生は異名の通り、竜王戦棋王戦・王将戦といった冬の棋戦では圧倒的な強さを誇っており、竜王9連覇、棋王10連覇などその名にふさわしい活躍をされています。

第62期:渡辺明(初)

第63期:渡辺明(2期目)

 

 

郷田真隆九段(2期獲得)

15人目は「剛直流」の棋風で知られる郷田真隆先生。郷田先生は64期の王将リーグにて羽生善治名人とのプレーオフを制し、渡辺明王将への挑戦権を獲得。渡辺王将を相手にフルセットまでもつれ、結果は奪取。44歳での王将初獲得は今なお破られていない王将戦の最年長記録です。翌年は同世代のライバル羽生善治名人が挑戦者として登場。こちらも4勝2敗で防衛。自身初となるタイトルを防衛を果たしました。渡辺先生・羽生先生という将棋界の中心二人を倒しての王将2期獲得は数字以上に価値のあるものです。

第64期:郷田真隆(初)

第65期:郷田真隆(2期目)

第66期:久保利明(3期目)

第67期:久保利明(4期目)

第68期:渡辺明(3期目)

第69期:渡辺明(4期目)

第70期:渡辺明(5期先生

 

 

藤井聡太王将(2期獲得)

現王将は「令和の天才」藤井聡太先生です。藤井先生は第71期の王将リーグで開幕5連勝を達成。最終戦を残して挑戦権を獲得しました。タイトル戦は当時四冠の藤井先生と王将を合わせて三冠を保持する渡辺先生の対決。「三冠(王将)VS四冠(挑戦者)、併せて七冠」という構図は将棋界初であり、まさに頂上決戦の構図となりました。タイトル戦はストレートで奪取。史上最年少で五冠到達しました。さらに今年は羽生先生との対決が実現。「平成の天才VS令和の天才」と言われた勝負は大きな盛り上がりを見せました。

第71期:藤井聡太(初)

第72期:藤井聡太(2期目)

 

 

※その他の王将

坂田三吉贈王将【贈名人】

実力制の名人戦が始める前の時期に活躍。坂田先生は、関西の将棋界を語る上で欠かせない伝説の棋士で「関西の棋聖」として知られました。当時十三世名人を襲位していた関根金次郎先生とはライバル関係として知られ、端歩を突いた「南禅寺の決戦」「天龍寺の決戦」など有名な棋譜も多いです。坂田先生は1946年に亡くなるものの、後に作られた坂田先生の半生を描いた、戯曲『王将』と映画『王将』は記録的大ヒット。将棋界を超えて認知される存在となり、没後に王将と名人の称号が追贈されました。

 

 

木村義雄十四世名人(1回優勝)

1950年、名人戦の主催者が毎日新聞から朝日新聞に移行したことに伴い、新たなに毎日新聞主催で行われた新棋戦が王将戦でした。ただし当時はタイトル戦ではなく一般棋戦でした。初代王将を決める戦いは、まず名人の木村先生は確定。第1回の優勝者を決める、もう一人をA級順位戦の1位~5位による総当たりのリーグ戦で決めました。そこを勝ち抜いたのが丸田祐三八段。木村名人と丸田八段による戦いは、木村先生の4勝2敗で奪取。「常勝将軍」木村先生は、見事王将戦第1回の優勝者となりました。

 

 

以上のようになっています。

タイトル戦になってから王将を獲得した棋士は全部で16名です。

今期で72期目となった王将戦ですが、まだ16名しか誕生していないというのは少なく感じます。やはりその理由は大山康晴先生。一人で通算20期獲得。大山先生にとっては一番多く獲得したタイトルであり、現役で永世王将を名乗ったのも納得できます。

次に多く獲得したのは羽生善治九段の12期。谷川先生との七冠王を懸けた歴史的戦いから今年の藤井聡太先生との世紀の戦いまで、平成の王将戦は羽生先生が中心でしたが、令和に入っても羽生先生が登場してくるのに凄さを感じます。

今回記事を作成していても、昭和の期間は大山先生、平成は羽生先生の登場回数が多いのを痛感しました。令和の時代は藤井先生メインとなるのでしょうか。

陣屋事件~七冠独占~世紀の一戦・・・昭和から令和の歴史的出来事は王将戦で数多く起きてきました。これからの王将戦も楽しみにしています!

ではまた!

名人戦挑戦者、歴代最年少記録

どうもstsです。

昨日、第81期A級順位戦プレーオフが行われ、藤井聡太竜王広瀬章人八段による対局が行われました。結果は藤井聡太竜王の勝利。20歳での名人挑戦権獲得となり、話題を呼んでいます。

では名人挑戦者の歴代最年少記録はどうなっているのでしょうか。歴代トップ10をまとめてみました。

それではさっそくどうぞ!

※記録の年齢は、挑戦権を獲得した日付ではなく、名人戦の第1局が行われる(行われた)日付とします。

 

 

1位加藤一二三九段 20歳3ヶ月

名人戦で史上最年少の挑戦者となったのは、昨年将棋界2人目の文化功労者となった加藤一二三九段です。加藤先生は史上初の中学生棋士としてデビューすると、毎年昇級。19歳でA級という今なお破られていない最年少記録を作ると、A級2年目で名人挑戦権を獲得。こちらが歴代最年少記録となりました。

注目された名人戦は、当時すでに十五世名人の資格を得ていた大山康晴名人(当時)。結果は大山先生が名人としての意地を見せて、防衛となりました。加藤先生はその後、名人をなかなか獲得できませんでしたが、42歳の時に悲願の奪取を果たしました。

加藤先生は矢倉を得意とする居飛車党。対振り飛車に対しては、棒銀を多用していたことは有名でした。また現役晩年になっても衰えぬ闘志で戦い続け、最年長現役記録、最年長勝利記録、通算最多対局数記録など、最年少記録だけでなく、最年長記録も幾つも打ち立てました。

 

 

2位藤井聡太竜王 20歳8ヶ月

2位は、昨日名人挑戦権を獲得した藤井聡太竜王。藤井先生は、史上最年少のプロ棋士としてデビュー。デビュー後いきなり歴代1位の記録を塗り替える29連勝を記録。順位戦ではC級1組で一度足踏みした以外は毎年昇級を重ね、今期の初参加のA級でもプレーオフの末、挑戦権を獲得しました。

藤井先生が初からの名人戦で戦う相手は、渡辺明名人。渡辺名人とは現在棋王戦でも戦っており、棋王奪取+名人奪取となれば史上2人目の七冠達成者となります、

藤井先生は、角換わりを得意とする居飛車党。中でも詰将棋で鍛え上げれた終盤力は歴代No.1と言われています。また序中盤で築いたリードをジワジワ広げて勝利まで運ぶ様は、AI評価値のグラフから「藤井曲線」と呼ばれています。様々な最年少記録を塗り替え続ける「令和の天才」の活躍ににまだまだ目が離せません。

 

 

3位谷川浩司十七世名人 21歳0ヶ月

3位は、昨年十七世名人を特例で現役のまま襲位した谷川浩司十七世名人。谷川先生は史上2人目の中学生棋士として14歳でプロ入り。C級2組で一度足踏みした以外は毎年昇級。A級1年目でも好成績を収め、中原誠二冠(当時)とのプレーオフを制し、名人挑戦権を獲得しました。

谷川先生は、当時悲願の名人を獲得した加藤名人と対決。七番勝負を4勝2敗で制し、今なお破られていない21歳という史上最年少で名人の座に就きました。

谷川先生は角換わりを得意とする居飛車党。谷川先生も終盤を得意としており、誰も予想しないところから一気に相手の王様を寄せていく様は、「光速流」「光速の寄せ」と呼ばれ、ファンを魅了し続けています。現在は還暦を迎え、大山十五世名人の通算勝利数を目標に戦いを続けています。

 

 

4位羽生善治九段【十九世名人資格者】 23歳6ヶ月 

4位は、現在王将戦の挑戦者として藤井王将と世紀の一戦を戦い話題を呼んでいる羽生善治九段。羽生先生は史上3人目の中学生棋士として15歳でプロ入り。順位戦ではC級2組~B級2組で1年ずつ足踏みするもののB級1組は1期抜け。A級でも1期目で挑戦権を獲得。谷川王将(当時)とのプレーオフを制しての挑戦でした。

羽生先生は名人戦で米長名人と対決。羽生先生はこの名人戦で見事奪取。五冠へと復帰を果たし、夢の七冠独占のヴィクトリーロードを進めていきました。

羽生先生は居飛車振り飛車、急戦・持久戦問わずあらゆる戦法を指しこなすオールラウンドプレーヤー。七冠独占、永世七冠達成、通算1500勝達成など将棋界の記録を塗り替え続ける生ける伝説で、昨年は王将リーグ全勝でタイトル挑戦を決めるなど、まだまだレジェンドとして活躍を続けていきます。

 

 

5位中原誠十六世名人 24歳7ヶ月

5位は「棋界の太陽」と呼ばれ、将棋界で一時代を築いた中原誠十六世名人です。中原先生は18歳でプロ入りすると、順位戦で加藤先生以来の順位戦で毎年昇級。A級では2年目で挑戦権を獲得。しかもこの時はA級では初となる全勝(8勝0敗)での挑戦権獲得となりました(この年は休場者がいた関係でA級参加者は9名。)

初となる名人戦の相手は、当時名人13連覇中(!)の大山名人(当時)。先にカド番に追い込まれたのは中原先生でしたが、そこから意表の振り飛車連採で見事奪取となり、当時史上最年少の24歳で名人の座に就きました。

中原先生は矢倉と相掛かりを得意とする居飛車党。対振り飛車に対しては、天守閣美濃や玉頭位取りを得意としました。戦いの中、自然な指し回しで、勝利を手繰り寄せる様は「自然流」と呼ばれ、プロ・アマ問わず多くの人が手本としました。また桂使いの名手としても知られました。

 

 

6位大山康晴十五世名人 25歳0ヶ月

6位は「将棋界の巨人」大山康晴十五世名人。大山先生は18歳でプロ入り。プロ入り当初は順位戦の制度はありませんでした。23歳の時に第1期順位戦にB級で参加(当時はA・B・Cの3クラス)。第2期ではB級1位の成績で挑戦者決定戦に進出(当時はA級1位~3位とB級1位で挑戦者決定戦を行うルール)。その戦いを勝ち抜き挑戦権を獲得しました。

名人戦では、塚田正夫名人に挑戦するも敗退。大山先生はその後名人を獲得し、連続13期、通算18期獲得し、十五世名人となりました。

大山先生は受けを得意とする振り飛車党。角道を止める振り飛車で、当時は急戦で挑み掛かってくる居飛車の攻めに対して卓越した対局観と受けの技術で幾度となく逆転劇を演じてきました。大山先生は当時のタイトル独占(三冠~五冠時代)を複数回、複数年達成。歴代最強といわれる昭和の時代を彩った名棋士です。

 

 

7位森内俊之九段【十八世名人資格者】 25歳6ヶ月

7位は「鋼鉄の受け」の異名で知られる森内俊之九段。森内先生は16歳でプロ入り。順位戦では順調に昇級を重ね、A級1期目で見事挑戦権を獲得しました。また森内先生は順位戦で26連勝という歴代1位の記録を保持しています。また後に順位戦史上初のA級での9戦全勝という記録も作りました。

名人初挑戦の相手は同学年のライバル、羽生名人。当時共に25歳、合わせて50歳の名人戦は最年少記録で話題を呼びましたが、結果は敗退となりました。

森内先生は矢倉を得意とする居飛車党。中でも受けと得意とする棋風は「鉄板流」と呼ばれています。また名人戦の舞台では無類の強さを発揮、通算で8期獲得。羽生先生に先んじて永世名人の資格を獲得しました。近年は自身のYouTubeチャンネルを開設。様々な動画を投稿しており、普及活動にも力を注いでいます。

 

 

8位斎藤慎太郎八段 27歳11ヶ月

8位は爽やかなルックスで女性ファンからの人気も高く、「さいたろう」のニックネームでも知られる斎藤慎太郎八段。斎藤先生は18歳の時にプロ入り。順位戦ではC級1組と

B級1組で3年ずつ費やした以外は、順調に昇級。A級では1期目で見事挑戦権を獲得し、名人戦の舞台に登場しました。

名人戦では渡辺名人に挑戦。結果は敗退しますが、その翌年再びA級で1位を取り、2年連続で挑戦権を獲得。長い持ち時間での強さを発揮しています。

斎藤八段は、角換わりを得意とする居飛車党。詰将棋も得意としており、終盤では切れ味鋭い攻めを披露します。またプロ入り当初には電王戦に出場し。コンピュータソフトと対戦した棋士として有名になりました。結果は見事勝利を収め、人間、そして棋士としての意地を見せました。

 

 

9位佐藤天彦九段【実力制第十三代名人資格者】 28歳2ヶ月

9位は「貴族」の愛称でお馴染み、佐藤天彦九段。天彦先生は18歳でプロ入り。プロ入り前、三段リーグで次点を2回獲得ししてフリークラス入りの権利を得ながらその権利を蹴り話題を呼び、その後2位の成績でプロ入りを決めました。プロ入り後はC級2組で4年を費やしますが、その後はハイペースで昇級。A級も1期目で挑戦権を獲得しました。

名人戦の舞台でも勢いそのままに羽生名人から名人を奪取。以後3連覇を果たし、引退後70歳で「実力制第十三代名人」を名乗る資格を得ています。

天彦先生は、横歩取りを得意とする居飛車党。終盤では粘り強い受けで簡単には土俵をわらないのが特徴です。数年前は振り飛車を連採して話題を呼びましたが、現在はまた居飛車メインで指しています。またファッションやブランド品へのこだわりが強いことで知られており、「貴族」の愛称の由来となっています。

 

 

10位佐藤康光九段【永世棋聖資格者】 28歳6ヶ月

10位は、日本将棋連盟会長として将棋界を引っ張り、支え続けている佐藤康光九段。康光先生は17歳でプロ入り。C級1組で4年費やしますが、その他のクラスでは順調に昇級。A級でも2期目で好成績を収め、羽生四冠とのプレーオフへ突入。この戦いを見事制し、名人挑戦権を獲得しました。

名人戦では谷川名人と対決。フルセットまでもつれる激闘となりましたが、この戦いも見事勝利。記念すべき実力制10人目の名人となりました。

康光先生は居飛車振り飛車も指すオールラウンダー。特に近年は向かい飛車を好んで指しています。「緻密流」と呼ばれる深い読みと丸太を振り回すかのような、誰にも真似できない序盤戦術と構想は、常に注目の的となっており、ファンを魅了しています。また棋聖のタイトルは通算6期獲得しており、永世棋聖の資格者となっています。

 

 

以上のようになっています。

歴代1位は加藤一二三九段でした。20歳3ヶ月というのは恐ろしい記録です。今回の藤井竜王ですら抜けない記録だったと考えると、いかに偉大で凄かったかよりわかりますね。

2位は藤井竜王。春からいよいよ名人戦の舞台に登場。八冠独占というヴィクリーロードへと繋がっていく戦いになります。

3位は谷川先生。当時の将棋界は、大山先生・中原先生・加藤先生といった熟練のレジェンド棋士が名人というイメージでしたが、それを一気に打ち壊した瞬間でもありました。当時の衝撃度はかなり凄かったと聞きます。

ランキング全体を通して見て、思ったのは羽生世代の棋士が3人も入っているということ。ちなみにランキングトップ10には入ってませんが、同じ羽生世代の丸山忠久先生も29歳で名人挑戦者となりました。羽生世代から若手時代からいかに強かったかがわかりますね。

さて、今回名人戦。渡辺名人にとっては4連覇が懸かり永世名人へあと1期とできるか、藤井竜王は史上最年少の名人記録を塗り替えれるのか。記録面はもちろん、名人と竜王による、いわゆる「竜名戦」となる今期名人戦。非常に楽しみにしています!

 

※名人獲得の最年少記録、歴代名人のまとめ記事はこちら。こちらも是非併せてご覧ください。

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第3回女流ABEMAトーナメントの各チームメンバー

どうもstsです。

本日、第3回女流ABEMAトーナメントのドラフト会議の様子が放送されました。

3人1組で挑む女流棋士によるチーム戦。前回と今回を見るにこの1年間でのタイトル戦に登場した女流棋士がチームリーダーを務めているようです。

今年度、女流棋戦のタイトル戦に登場したのは、里見香奈女流五冠、西山朋佳女流三冠、伊藤沙恵女流三段、加藤桃子女流三段の4名のみ。まさに「女流棋界のビッグ4」が集結しました。

今回はどのようなチームになったのでしょうか。

それではさっそくどうぞ!

※「★」は過去の優勝回数を示しています。

 

①チーム里見

里見香奈女流五冠【チームリーダー】

清水市代女流七段【1巡目選択棋士

・川又咲紀女流初段【2巡目選択棋士

女流棋界で歴代最多のタイトル獲得数を誇る里見先生。振り飛車党で「出雲のイナズマ」のキャッチフレーズでお馴染みです。

前回は清水女流七段と里見咲紀女流初段を選択。ベスト4でフルセットの末、惜しくも敗退となりました。

今回は前回と同じ2人の女流棋士の先生を選択。尊敬するレジェンド清水女流七段と自身の妹である川俣女流初段を選択。前回と同じチームメンバーでリベンジを果たして初優勝を目指します。

チームカラーは黄色。

 

②チーム西山

・西山朋佳女流三冠【チームリーダー】

・山根ことみ女流二段【1巡目選択棋士

鈴木環那女流三段【2巡目選択棋士

里見女流五冠とともに、女流棋界を引っ張る西山女流三冠。振り飛車党で終盤で巻き返す姿は「剛腕」の異名で呼ばれています。

前回は上田初美女流四段と山口恵梨子女流二段を指名。激闘の戦いを制し続け、決勝進出を果たしたものの惜しくも準優勝となった。

今回は前回チームリーダーで出場していた後輩の山根女流二段と、前回選ばれず出場できず悔しがった鈴木女流三段を指名。前回あと1歩のところで逃した優勝という栄光を新たなチームで掴みにいきます。

チームカラーは緑色。

 

③チーム伊藤

・伊藤沙恵女流三段【チームリーダー】★

香川愛生女流三段【1巡目選択棋士】★

上田初美女流四段【2巡目選択棋士

第1回の個人戦では見事優勝を飾った伊藤先生。居飛車を中心にした、受けの棋風で知られています。

前回は石本さくら女流二段と室谷由紀女流三段を指名。前回はベスト4で敗退した後、リーダーの伊藤女流三段は涙を流しました。

今回は前回はチーム加藤で好成績を収め、同級生でもある香川女流三段と前回チーム西山で活躍した先輩の上田女流四段を指名。実績のある2人の女流棋士とともに、前回流した悔し涙を歓喜の涙に変えていきます。

チームカラーは青色。

 

④チーム加藤★

加藤桃子女流三段【チームリーダー】★

渡部愛女流三段【1巡目選択棋士

中村真梨花女流三段【2巡目選択棋士

前回はリーダーとしてチャンピオンに輝いた加藤女流三段。「カトモモ」の愛称でお馴染みであり、本格派居飛車党で知られています。

前回は香川愛生女流三段と野原未蘭女流初段を指名。強いチームワークを持って、フルセットとなった激闘を制し第2回優勝チームとなりました。

今回は前回チームリーダーとして出場し、プライベートでも親交のある山根女流二段と同じく仲が良い先輩中村真梨花女流三段を指名。明るくて強い新たなチームで連覇を懸けて挑みます。

チームカラーは桃色。

 

以上のようになっています。

今回は4チームのみということで、選ばれる女流棋士も少なかったこともあり、重複によるクジ引きはありませんでした。

また今回はリーグ戦ではなく、純粋な4チームによるトーナメントで行われる超短期決戦となります。前回の同じチームであったり、一新したり、チームによって様々な特徴があるのが面白いですね!

どのような戦いになるのか目が離せません!

 

※過去のABEMAトーナメントで書いた記事はこちら。こちらも良ければご覧ください。

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SASUKEオールスターズ各大会ごとの出場人数

どうもstsです。

本日のテーマは「SASUKE」です。今回はその中でも「SASUKEオールスターズ」について取り上げます。

SASUKEオールスターズとは、SASUKE初期から有力選手として出場し、番組を築き、活躍してきた選手のこと。全員一般人で職業もバラバラながら仲間意識も強く、番組を盛り上げてきました。

今回はそのSASUKEオールスターズの各大会ごとの出場人数をまとめてみました。現在オールスターズは何人出場しているのか、気になりますよね。

それではさっそくどうぞ!

 

※SASUKEオールスターズのメンバー

秋山和彦→史上初の完全制覇者。元毛ガニ漁師でありスタート前、毛ガニを引き下げて登場するのがお馴染み。「毛ガニの秋山」「一人かに道楽」といった毛ガニに因む異名は数多い。

白鳥文平印旛村の英雄。印旛村役場(現・印西市役所)勤務。初出場時、ジャンプハングを片足ジャンプで越え周囲を驚かせた。自宅には本物と見間違えるほどのSASUKEセットをいくつも制作。本番前に有力選手が訪れる様は「白鳥詣」と呼ばれた。

竹田敏弘→3rdステージ進出回数最多記録保持者。元消防士でオレンジのパンツ、紺色のシャツで挑戦するのでお馴染みだった。「史上最強の消防士」の異名で知られ、成績の安定感はオールスターズ随一だった。現在は加圧ジムトレーナー。

長野誠→史上2人目の完全制覇者。第28(現在は第50)金毘羅丸の船長であり、「史上最強の漁師」の異名でお馴染み。歴代最高の成績を残す選手として知られ、スピード・バランスなどで群を抜いた力を持つ。SASUKEの英雄的存在。

山田勝己→ミスターSASUKE。ボンベ配送業で仕事をするもSASUKEに熱中するあまりリストラ。SASUKEに打ち込み、愛する姿から「人生SASUKE」「職業SASUKE」とも呼ばれる。今は鉄工所社長。また自らの軍団「黒虎」も立ち上げ、後進の育成にも励む。

山本進→SASUKE唯一の皆勤賞。かつてはガソリンスタンド勤務で出場する度に出世していく様が有名で「油まみれの出世物語」といわれた。現在はトレーニングジム経営者。現在も皆勤賞を続けており、「緑山の不死鳥」とも呼ばれる。

 

【SASUKEオールスターズの出場人数】

第1回大会:2人 山田、山本が初出場

第2回大会:3人 秋山が初出場

第3回大会:3人

第4回大会:3人

第5回大会:3人 竹田が初出場

第6回大会:4人

第7回大会:5人 長野が初出場

第8回大会:5人

第9回大会:6人 白鳥が初出場

第10回記念大会:5人

第11回大会:6人

第12回大会:6人

第13回大会:5人

第14回大会:6人

第15回大会:6人

第16回大会:6人

第17回大会:6人 この大会で秋山が引退を示唆。以後欠場が増える。

第18回大会:5人

第19回大会:5人

第20回記念大会:5人

第21回大会:5人 この大会の出場を最後に白鳥の欠場が続く

第22回大会:5人

第23回大会:4人

第24回大会:5人

第25回大会:4人

第26回大会:3人

第27回大会:3人

第28回大会:5人 秋山・山田・山本が引退を表明

第29回大会:3人

第30回記念大会:5人 白鳥が久々の出場。これが現在最後の出場。

第31回大会:3人

第32回大会:3人 長野が引退を表明。

第33回大会:3人

第34回大会:2人

第35回大会:2人 

第36回大会:2人

第37回大会:1人

第38回大会:4人 竹田、現在最後の出場。

第39回大会:2人

第40回記念大会:4人

 

以上のようになっています。

近年は出場人数がまた戻ってきているのが嬉しいです。

SASUKEでは完全制覇が出ることに大リニューアルされることが多く、完全制覇が出るまでを「第〇期SASUKE」と称して区別します。

それでは各期ごとに詳しくみていきましょう!

 

【第1期SASUKE】

第1回大会:2人(山田・山本) 山田・山本が初出場

第2回大会:3人(秋山・山田・山本) 秋山が初出場

第3回大会:3人(秋山・山田・山本)

第4回大会:3人(秋山・山田・山本) 秋山が完全制覇達成

・SASUKE黎明期。この時代は番組初期ということもあり「SASUKEオールスターズ」という言葉や概念は存在していない。

・山田と山本は第1回大会から出場。山田はクイックマッスルの成績が買われて、山本はまったくの無名選手でガソリンスタンドのアルバイト時代。第2回大会で秋山が初出場。山田と同じくクイックマッスルの成績が買われての出場だった。

・第4回大会で秋山が初の完全制覇を達成。完全制覇の賞金で自身の治療院を設立するため続く第5回は欠場する。

 

【第2期SASUKE】

第5回大会:3人(竹田・山田・山本) 竹田が初出場

第6回大会:4人(秋山竹田・山田・山本)

第7回大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本) 長野が初出場

第8回大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本)

第9回大会:6人(秋山白鳥竹田長野・山田・山本) 白鳥が初出場

第10回記念大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本)

第11回大会:6人

第12回大会:6人

第13回大会:5人(秋山白鳥竹田長野山本) 山田が前回の手袋事件もあり欠場

第14回大会:6人

第15回大会:6人

第16回大会:6人

第17回大会:6人 長野が完全制覇達成。この大会で秋山が引退を示唆する発言。

・第5回大会で竹田、第7回大会で長野、第9回大会で白鳥が初出場。長野は山田の姿に憧れての挑戦だった。

・第2期SASUKEはまさにオールスターズ全盛期。「SASUKEオールスターズ」という言葉はこの時期に生まれ、メンバー6人が全員揃うのが当然だった。番組の中心選手として盛り上げ、歴史を築きあげていった。

・第17回大会で長野誠が完全制覇を達成。それを見届けた秋山は引退を示唆する発言をする。以降は毎回出場ではなくなる。

 

【第3期SASUKE】

第18回大会:5人(白鳥竹田長野・山田・山本)

第19回大会:5人(白鳥竹田長野・山田・山本)

第20回記念大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本)

第21回大会:5人(白鳥竹田長野・山田・山本) 白鳥がこの大会出場以降欠場が続く

第22回大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本)

第23回大会:4人(竹田長野・山田・山本)

第24回大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本) 漆原裕治が完全制覇達成

・第3期SASUKEに入り、秋山が2、3大会に1度の出場、白鳥が第21回大会の出場を最後に欠場が続く。

・第3期に入り1stステージの難易度上昇、さらにオールスターズの年齢が上がってきたこともあり、オールスターズの1stステージリタイアが目立つようになる。

・完全制覇を果たしたのは漆原裕治。新世代組が登場したのが第3期であり、「オールスターズVS新世代」第3期SASUKE後半の一つのテーマだった。

 

【第4期SASUKE】

第25回大会:4人(秋山竹田長野山本)

第26回大会:3人(長野・山田・山本) 竹田が職務の都合上で初の欠場。

第27回大会:3人(長野・山田・山本) 漆原が完全制覇達成

・漆原の完全制覇により大リニューアルとなった第4期最初の大会は、歴代完全制覇者揃い踏みとなり、98番~100番は完全制覇者3人が並んだ。

・第26回大会では消防士竹田が職務の都合上第26回大会を欠場。それを見て山田が復帰を決意して復活を果たしたもののオールスターズ3人という第1回以来の少人数となる。第4期SASUKEにおいては白鳥の出場はなし。

・第27回大会では漆原が2度目の完全制覇。「英雄(オールスターズ)VS新世代」が番組のテーマとなっていたのはこの時代までというイメージ。

 

【第5期SASUKE】

第28回大会:5人(秋山竹田長野・山田・山本) 秋山、山田、山本が引退

第29回大会:3人(竹田長野山本) 山本が引退撤回

第30回記念大会:5人(白鳥竹田長野・山田・山本) 白鳥が久々の出場。

第31回大会:3人(竹田長野山本) 森本裕介が完全制覇達成

・第28回大会は「オールスターズ最後の戦い」と名打たれ久々に5人で出場。96番~100番までをオールスターズが連番で固め、秋山・山田・山本は引退を表明した(山本は引退を次の大会で撤回)。

・第30回記念大会では白鳥が9大会ぶり出場。「ケジメをつける」と久々の出場を果たすも1stステージリタイア。明確な進退発言はないまま、現在まで欠場が続いている。山田は第28回大会で引退を表明後、第29回大会からは自身の弟子たちを従えて、山田軍団「黒虎」を結成。

・第31回大会では新世代組よりまたさらに一つ下の世代にあたる森本裕介が完全制覇を達成。次の第5期へとつながる。

 

【第6期SASUKE】

第32回大会:3人(竹田長野・、) 長野が引退

第33回大会:3人(竹田・山田・山本) 長野が次の第34回大会まで解説役で出演

第34回大会:2人(竹田山本)

第35回大会:2人(竹田山本)

第36回大会:2人(竹田山本)

第37回大会:1人(山本) 竹田が脱臼の影響もあり欠場。山本が1人となる。

第38回大会:4人(竹田長野・山田・山本) 竹田現在最後の出場。森本完全制覇達成。

・第32回大会で長野が引退を表明。ゼッケン100番は長野、98番と99番を竹田と山本が務めた。続く第33回と第34回大会で長野は解説役として出演した。

・長野が引退してからは、オールスターズでの年下2人の竹田と山本だけの出場というのが続き、第37回大会に至ってはついに皆勤賞山本一人だけの出場となる。

・しかし第38回大会では山田と長野が電撃復活。竹田は1stステージをクリアしたもののフィッシュボーンの足場を一つ踏めておらず失格。その後自身の体調もあり欠場が続いている。

 

【第7期SASUKE】

第39回大会:2人(山田・山本)

第40回記念大会:4人(秋山長野・山田・山本) 秋山が12大会ぶりの出場

・現在のSASUKE。

・第40回記念大会で秋山が12大会ぶりの出場。完全制覇者4人+山田・山本でゼッケン3995番~4000番を固めた。

・さらに第40回記念大会長野は息子と念願の親子出場。山本は10大会ぶりとなる1stステージクリア。記念大会にふさわしい大会となった。

 

以上のようになっています。

第2期(第17回大会まで)はオールスターズ全盛期ということもあり、オールスターズのメンバーは全員出場するのが当然という風潮で、出場しなかった時は不思議がられるような感覚でした。

しかし第3期以降は、オールスターズのメンバーが年齢を重ねてきたこともあり、引退・欠場が目立つようになり、第37回大会ではついに一人となってしまいました。

しかし第38回大会で長野さんと山田さんが復活。山田さんはそれ以降も出場し続けており、そして今年の第40回記念大会では、秋山さんと長野さんが復活し、山本さんに至っては、1stステージクリアの最年長記録を打ち立てました。また長野さんは親子での1stステージクリアも目標にしており、近年オールスターズの出場者が戻ってきています。

SASUKEオールスターズのメンバーは実質、SASUKE出場の永久シードのようなものを有しているので、ファンとしてはまたいつでも挑戦してほしいですし、またいつか6人で挑む姿が見たいですね!

ではまた!